山縣有朋と言う人、明治維新を迎えた時が30歳
それから、明治の時代を生き抜いて、政府の要職を務めていく訳ですが
こういう建築のセンス、庭造りの感覚などは、どのように磨いていったのでしょう・・・
出自はかなり低い身分だったと言いますから
生まれながらにして、良いものに囲まれて育ったから獲得したセンス・・では無いということ
庭園や建築普請には、並々ならぬ執着をみせていたとか
政治をやりながら、建築や庭造りにも精を出して、その感性を磨いていったのでしょうか
「龍馬伝」に出てくる岩崎弥太郎も、汚いナリをしていますよね
劇的にのし上っていくパワー、それを可能にする明治という時代
多分、今よりずっと悲惨な貧困が隠れているのでしょうが、変革のエネルギーはすごい!
別邸の中の洋館です(煉瓦造)・・・・1階が煉瓦そのままの壁です
内部造作
2階がこの洋館のメインの部屋となっています
2階洋室から、日本庭園を眺めるのも、また変わった趣があったのかもしれません
家具や壁クロス、カーテンなどの保護のため、直射日光を遮ってありましたから
内部は薄ぼんやりした感じでしか、写っておりません
洋室なんだけど、デザインの基調は「和」のようです