大内山雑記帳 

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アストルガ <司教館> (スペイン)

設計:アントニオ・ガウディ

2002年7月に行った「北スペイン・ポルトガルの旅」報告をしています

やっぱり、バルセロナで見るガウディとは、かなり、趣が違います
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バルセロナでの造形は、バルセロナという土地の力があったればこそ・・
ここアストルガでは北スペインの風土に合せて・・という配慮が働いたのでしょうか

この司教館は完成前に注文主の司教が亡くなってしまいました
次の司教は、このガウディの建物を毛嫌いして、
結局司教館として、使われることはなかったそうです

外観を見る限り、そんなに過激には見えませんよね

内部撮影禁止だったので、パンフレットから映像を拝借します
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by ouchiyama-archi | 2006-09-30 09:51 | その他建築家作品

レオン <聖イシドロ教会>

2002年7月に行った「北スペイン・ポルトガルの旅」報告をしています

聖イシドロ教会は12世紀ころ、イスラムを撃退したサン・イシドロに捧げた教会とか・・
ロマネスク美術の傑作と言われているそうです・・・・記憶が・・・・ア~

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思うに、キリスト教に対する教養の無い身にとっては、大聖堂も立派な教会も
見れば見るほど、どこの教会だったのか、どこの大聖堂だったのか・・・
分からなくなってしまうのです(・・・私の場合・・・)
実際にそこに身を置いた時は、確かに感動するのですが・・・・
by ouchiyama-archi | 2006-09-29 09:00 | 北スペイン他の旅02.07

レオン <大聖堂> (スペイン)

2002年7月の「北スペイン・ポルトガルの旅」報告をしています

レオン大聖堂へ行きました
巡礼の道に沿って、次々と立派な聖堂や修道院などが建てられていきました

ヨーロッパ各地で聖堂の建設に携わった人達も
次々と訪れては建設に参加、技術や様式を伝承していったといいます

罪人は足かせ・重りを付けたまま、はだしで聖地を目指したそうです

苦難の道の途中で出迎えてくれる聖堂・教会は
巡礼者たちにとって、何よりのプレゼント・励みになったことでしょう

レオン大聖堂です
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フレンチゴシックの影響が強いといわれています

内部です、マリアさまとキリスト像
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by ouchiyama-archi | 2006-09-28 09:21 | 北スペイン他の旅02.07

レオン <アイアン・ワーク> (スペイン)

2002年7月の「北スペイン・ポルトガルの旅」報告をしています

レオンで、ちょっとイメージの違うガウディを見ましたが
今日は、その廻りで目に入った「アイアン・ワーク」をご紹介します

まず、ガウディのボティン邸から、門扉です・・・・見たことあるデザインか・・
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近くにあった鉄のモニュメントです
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鉄の飾りバルコニー
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そして、ボティン邸を眺めるような位置にあるベンチに座る、ガウディ像です
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by ouchiyama-archi | 2006-09-27 08:59 | 北スペイン他の旅02.07

レオンのガウディ <ボティン邸>

設計:アントニオ・ガウディ

シロスからレオンにやってきました、レオン泊
しかし私は車酔いのせいか、立っているのも辛い状態・・・
そのままホテルのベッドに倒れ込みました

マイオット達は夕食を食べに街へ繰り出しました
ここからが、ちょっといい話(?)
倒れた妻のため、レストランに頼んで「パエリア」と果物を持って帰ってくれたのです

・・・もちろん妻は食べられませんから、ゴミ箱行きとなりましたが
そのやさしい心根が、妻の心にジ~~ンと響いたのでした

・・・こんなこと、当たり前?
もし、そうでない殿方がいらしたら、弱った妻には思いっきり優しく接してください
評価・・・特A昇格間違いなし!

さて、こんな建築に関係ない話はこれくらいにして、ガウディです
バルセロナでガウディを見ている身には、あら、ずいぶん感じが違う・・なのでした

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レオンの富豪の邸宅として、建てられました・・・半端じゃない大きさのまさに邸宅!
現在は、改装されて、銀行として使用されています

その内部写真です
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オリジナルがどの程度残された改装なのかは分かりませんが
柱頭のデザインがガウディを感じさせます

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ガウディの看板と
街中屋根上に巣を作るコウノトリの姿です
ここだけに限らず、教会の塔の上とか、
いたるところに、その姿を見ることができました

コウノトリについては、日本では大騒ぎして、繁殖に力を入れていますが
ここレオンでは、全く日常風景の一こまでした

農薬に汚染されていない、自然がたくさんある・・・ということなのでしょう
by ouchiyama-archi | 2006-09-26 09:25 | その他建築家作品

北スペイン <風景>

2002年7月の「北スペイン・ポルトガルの旅」報告をしています

今日は、道程で出会った風景など・・・
(私はダウンしていたので、例によってマイオットの写真です)

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現代の巡礼者たちです
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by ouchiyama-archi | 2006-09-25 08:56 | 北スペイン他の旅02.07

シロス修道院 (スペイン)

シロス修道院への道のせいで、すっかり車酔いしてしまった私ですが
ちゃんと、個室写真が残っておりました

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修道院のなかのトイレブースの扉です
鉄とスリガラスでできた、個室扉
なかなか、たいしたものだと感心した次第です

↑ 9/25 何で2枚写真があるのか分からないまま載せてました
  そして、今頃になって本人が理解したこと・・・、ブースの扉が一枚開いたんですね
  仕切り壁も鉄とタイルで頑丈に作ってあるし、フックもよい・・・と思ったハズ
  何考えてるんだか・・・・

トイレのドアだけでも、ナンですから、修道院周りの風景もお届けします
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山あいにある小さな集落です
不便な山中にあったため、中世の面影をそのまま残している・・・ということらしい
by ouchiyama-archi | 2006-09-24 11:02 | 北スペイン他の旅02.07

サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院 (スペイン)

2002年7月の「北スペイン・ポルトガルの旅」報告をしています

ブルゴスからいったん巡礼の道を外れて(前日の地図参照)
60km南東にあるシロス修道院に予定外でしたが、行くことができました

無理を言って、運転手さんに頼んだので、運転手さんの機嫌が悪い悪い・・・
でも、無理をしてでも行った価値がありました

11世紀の聖ドミンゴによって今の姿になったということです
中世の面影を、色濃く残した修道院です

美しい回廊が有名です
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中庭を取り囲む回廊

彫刻を施した列柱

キリストの彫刻・・・あたたかみのある像です


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天井に彩色が施されていました
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回廊の床の玉石モザイクもきれいです

一般道をがんがん走るバスに大酔いした私は、全くダウン
・・・・納得できる写真が残っておりません・・・・残念・・・
マイオットのパノラマ写真(これが意外にいいんです・・・)を中心に・・・
by ouchiyama-archi | 2006-09-23 10:13 | 北スペイン他の旅02.07

スペイン <巡礼の道>

ご存知の方もあると思いますが、キリスト教には3大巡礼地と言われる所があります

ローマ、エルサレム、そして北スペインのサンティヤゴ・デ・コンポステーラです

地図を再録します
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イベリア半島の西北のはずれ、そこが何故巡礼の地となったのか
聖ヤコブ(スペイン語で言うと「サン・ティアゴ」)の墓が、9世紀になって
彼の地で発見されたのが、始まりとされています

9世紀、イベリア半島はイスラム勢力に、そのほとんどの地を占領されていました
キリスト教側は、わずかに北スペインの地を守るのみ

伝説によれば、聖ヤコブは生前、スペインの地で布教を行っていました
しかし、エルサレムで殉教の後、亡骸は船に乗せられ
スペイン・ガリシアの地に流れ着き、埋葬された・・・と言い伝えられていたそうです

そして、長い長い年月の後、お告げによって、その墓が発見されたというのです
聖ヤコブの遺骨発見、その話はヨーロッパ中に広まり・・・・巡礼の道が拓かれました

イスラム勢力に対して、「我らの土地を解放へ」というヨーロッパ全土の
キリスト教徒の悲願が、その巡礼を後押ししていきました
レコンキスタ 「国土回復運動」 と言われるものです

昨日も書きましたが、一般庶民・農民・貴族・僧侶・兵士・罪人・商人・職人・・・
全ヨーロッパのあらゆる階層の人々が、聖地を目指しました

彼らを狙って強盗・夜盗も出没しますから、巡礼を守るため騎士団が結成され
救護院や宿場が整備され、教会や聖堂・修道院なども建設されていきました

最盛期には、年間数十万人もの人達が、ヨーロッパ中から彼の地を目指したといいます

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サンティヤゴ・デ・コンポステーラ

コンポステーラとは、
エステーリャ:星、
カンポ:野原を表わす
ラテン語の campusstellae に由来すると言われています

日本語に訳せば、「星の野原の聖ヤコブ」・・・・ロマンティックな名です
真っ暗な平原を、降るように光る星たちに導かれながら、聖地を目指す

そんな中世の巡礼者達の姿を想像しながら(私達はバスですが)
巡礼の道を辿ってみました
by ouchiyama-archi | 2006-09-22 08:45 | 北スペイン他の旅02.07

ブルゴス <ブルゴス大学>

2002年7月に行った「北スペイン・ポルトガルの旅」報告をしています

ブルゴスは、巡礼の道がスペインに入ってから、最初の大きな都市だったと思います

私達は、元・王立救護院だったというブルゴス大学の中へ入って行きました
(当時のガイド本・スケジュール表が出てきたので、少し詳しく説明できます)

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旧い造りを生かした所、増改築をした所・・・調和しています

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石積み壁のテクスチュア・・・こんなざっくりした感じ好きです

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廊下の床の玉石モザイク

当時の写真を見ると、修道院より、聖堂より、この大学の中の写真が一番多いのです
よっぽど、うらやましかった・・・というか、こんなところで勉強できたらいいだろうな~
・・・そういう想いを強く持った記憶があります
by ouchiyama-archi | 2006-09-21 09:14 | 北スペイン他の旅02.07



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